水谷一Hajime Mizutani

2019–2020

《表現の不自由》 水谷一, 2019年

表現の不自由

2019

ベルリンで購入された未使用のスケッチブック(38×30×2.1cm)とテキスト
展覧会:うしお企画「距離と伝達」2019年12月14日 – 12月28日/gallery N(愛知県名古屋市)
※〈引込線/放射線〉サテライト・プロジェクト
撮影者:植村タカシ

ベルリンで購入した未使用のスケッチブックとテキストによる作品。「なにも書かれていない一枚の紙を —マラルメの白いページ— を眺める場合、それを沈黙に譬えることができるでしょう。ちょっとしたしみやかすり傷、殆ど目立たない穴、ごく小さなきずやかすかな汚れによって、沈黙が存在しないことがわかる。〈マラルメの眩暈〉は必要ないのです。」というジョン・ケージの言葉を引用し、未使用のスケッチブックの楽しみ方を指南する事から自由とは何か、不自由とは何かに言及する。

※引用元『ジョン・ケージ —小鳥たちのために—』 ジョン・ケージ/ダニエル・シャルル 著、青山マミ 訳(青土社)

2017

《Tertiary the younger Mud-stone》 水谷一, 2017年

Tertiary the younger Mud-stone

2017

木炭・紙(設置範囲:幅450cm・奥行き720cm)
展覧会:引込線2017
撮影者:加藤健

タイトルは詩人・童話作家の宮澤賢治が作詞作曲した「イギリス海岸の歌」より引用されている。直訳は「第三紀の若い泥岩」。第三紀とはかつての地質時代区分の一つ、6430万年前から260万年前までを区切る。泥が堆積して固まった泥岩。そして第三紀の若い(上層)部分とは、人類が他の生き物から別れた鮮新世を指す。

《LandEscape/432Hzのペンタトニック・スケール》 水谷一, 2017年

LandEscape/432Hzのペンタトニック・スケール

ライブイベント(水谷一企画)

開催日時:8月26日(土)15:30―(50分程度)
開催場所:展覧会「引込線2017」会場内特設イベントスペース
出演者:塩谷雄介
展覧会:引込線2017

引込線2017のウェブサイトに掲載された告知文
シンセサイザーの即興演奏と同時に、ピンマイクで拾ったその場の音を残像として鳴らす。塩谷氏はコンクリートの床に靴を脱いで座り込み、左半身に南からの無色の外光を受け、やはり床に広げられた種々の機材に向かう。彼の目と指先に緊張が漂う。演奏する屋内と外を隔てる物はなく、その境に真鍮の風鈴がぶら下げられたが風に揺れる鈴の音はあまりにも小さい。しかしその存在は聞こえない音に気付かせるメディアとして機能してはいなかったか。 引込線2017ウェブサイトに掲載された告知文 ミュージシャン・塩谷雄介氏による生演奏。彼の生み出す音には、聞いたことのないメロディや音色、知らない場面描写はなく、心躍るドラマも教訓もありません。よく知っているとは言わないまでも、ずっと前から聞いて来た、BGMにすらなれないあの音。たとえて言えば航空旅客機の離陸時、全身で感じ、シートベルトを緩める頃には消えているエンジンの唸り。効果音ではなく効果としての、たまたま鳴ってしまう類いの夢の振り。『LandEscape』という彼の楽曲コンセプトが導くこのひとときを是非、共有してください。

塩谷雄介 Yusuke Shioya
トラッカー、音響家。音は身体、精神、魂の共通言語であり、森羅万象の源であるという思想を基点に、様々なエレクトロニックミュージックを血肉として独自のオルタナティブサウンドを生み出す。近年はインプロジャムを主軸にソロワークを行なうほか、フィールドレコーディングシリーズ「LandEscape」、ノイズテクノユニット「Eyes Wide Shut」、ジャムユニット「Kunisuke」等で活動。 https://soundcloud.com/neuske

2015

《The Sublime is Now(No.1─4)
》 水谷一, 2014-2015年

The Sublime is Now(No.1─4)


2014-2015

紙、鉛筆、四枚のアルミフレーム(各103×72.8cm)
展覧会:引込線2015
撮影者:加藤健

単一の薄く細かな筆致パターンで紙面が埋められたドローイング四点による展示。

《今日の一局(二〇一五年九月二三日)》 川久保ジョイ・水谷一, 2015年

今日の一局(二〇一五年九月二三日)

パフォーマンスイベント(川久保ジョイ・水谷一 共同企画)

開催日時:9月23日(水・祝)10:00-12:00
開催場所:展覧会「引込線 2015」会場内 イベントルーム
企画・演者:川久保ジョイ、水谷一
展覧会:引込線2015
撮影者:箕輪亜希子

美術家・川久保ジョイと水谷一の共同で、これまでに二度行われているパフォーマンスベント。

1回目:展覧会「引込線2015」内イベントルーム(2015年11月23日/埼玉県)
2回目:アートスペース・アウフヘーベン(2015年11月25日/東京都)

引込線2015のウェブサイトに掲載された告知文
折しも彼岸の中日、「衆議院インターネット審議中継」を利用し、国会審議の音声をリアルタイムで聴きながら、本イベント企画者でもある二人の演者が囲碁を打ちます。二人ともこの対局で碁石に生まれて初めてさわる、ずぶの囲碁素人です。もちろんルールも知りません。本企画立案にあたり、囲碁のルールを事前に調べることも禁止としました。つまり二人が行うのは碁盤と碁石をにらみながらも囲碁ではありません。一方で、一般に知られる囲碁や将棋、チェス等とおそらく同様に、終局の条件を「一方が負けを認める」、「〈もう打てない〉と双方が合意する」このいずれかの場合のみといたしました。本イベント開催のために、展覧会「引込線 2015」会場内 イベントルーム使用の許諾を得た、午前十時から午後十二時までの二時間で上記の終局の条件を満たさない場合、あるいは対局中に「国会の散会」があった場合は、その時点でこの日の対局は取り止めとし、対局は次回(場所・日時・方法不定)に持ち越すことといたします。また「国会の流会」があった際にはこの日の対局を中止し、やはり次回に持ち越します。その場合、展覧会「引込線 2015」会場内のイベントルームでは本イベントのコンセプトシートの配布のみが行なわれます。

川久保ジョイ Yoi Kawakubo
スペイン生まれ。2003年筑波大学人間学部卒業。形而上学性を作品の中心的なテーマとして制作活動を行う。風景の普遍性や写真行為の形而上学性を追求した平面作品や、偶然性やメタ認知を主題や媒体としたインスタレーション、サウンド作品を制作。また、2011年以降は原子力の問題や東北の被災地に関連した写真、サウンド、インスタレーション作品制作、国内外でのトークや被災地での活動も行っている。近年の主な展覧会に「Those who go East」(White Conduit Projects、ロンドン、2015)、「VOCA2015」(上野の森美術館、2015 「大原美術館賞」受賞)、「Tokyo Story 2014」(トーキョーワンダーサイト渋谷、2014)、「内臓感覚」(オル太とコラボレーション作品、金沢21世紀美術館、2013)等。 https://www.yoikawakubo.com/

イベント「旧石器人が残した記憶と技術の造形」2015

旧石器人が残した記憶と技術の造形

講演会(水谷一企画)

開催日時:9月19日(土)11:00~12:30
開催場所:展覧会「引込線 2015」会場内 イベントルーム
登壇者:絹川一徳

引込線2015のウェブサイトに掲載された告知文
日本における人類の始まりは旧石器時代、一万六千年以上昔と言われています。もちろん、その時代の人や社会を実際に目撃した人間がこの現代に存在するはずはなく、私たちが当時に想いを馳せる動機は、彼らが地中に残した石の道具や住居の痕跡にあります。そうしたさまざまな遺物や遺構を後世に残そうという意思が、一万六千年以前に生きた彼らにあったかどうかはさておき、考古学者は日本人の起源を、起源の日本人の表現から見出そうと日夜、研究を続けています。本イベントでは、考古学者、絹川一徳氏を迎え、埼玉県所沢市の事例をアクセントに、私たちと旧石器時代をつなぐ入門的なレクチャーをしていただきます。多くの方法を試みながら、現代まで続く日本人の起源に手を伸ばす研究者の視点にふれることで、表現や人間についての思索の新しい一歩が踏み出せるかも知れません。

絹川一徳 Kazunori Kinugawa
1963年徳島県生まれ。公益財団法人大阪市博物館協会大阪文化財研究所研究副主幹。広島大学大学院文学研究科人文学専攻修了。博士(文学)。日本考古学(先史時代における石器製作技術と石器石材の流通研究)が専門。遺跡から出土した石器遺物を手がかりに、石材の入手から石器の製作・使用、廃棄に至る「石器の一生」(ライフヒストリー)に着目して、石器の製作者である旧石器人の行動復元を研究テーマとしている。

2013

《ねんねんころりよおころりよ 坊やはよい子だねんねしな 坊やのねんねんのその暇に 糸取りはた織り染め上げて 三つのお祝い三つ身着せ 五つの祝いに四つ身着せ 七つ本裁ち裁つからは つくせ世のため人のため つくせ世のため人のため》 水谷一, 2013年

ねんねんころりよおころりよ 坊やはよい子だねんねしな 坊やのねんねんのその暇に 糸取りはた織り染め上げて 三つのお祝い三つ身着せ 五つの祝いに四つ身着せ 七つ本裁ち裁つからは つくせ世のため人のため つくせ世のため人のため

2013

構成要素:冷蔵室(幅490cm・奥行509cm・高さ245cm)、冷凍室(幅509cm・奥行250cm・高さ245cm)、テキスト掲載のボード(縦118.9cm・横84.1cm/マグネット仕込みでの壁面装着)
※タイトル:「埼玉県の子守唄(寝させ唄)/出典:日本子守唄協会ウェブサイト」からの引用
展覧会:引込線2013
撮影者:加藤健

会場である老朽化により廃場となった給食センターの冷蔵室と冷凍室を隈無く清掃し、所沢市の給食センターに関する調査を含む執筆テキストを内部に配した作品。

 

掲示テキスト

埼玉県教育委員会が出している「埼玉の学校給食」(平成24年度版)によれば、埼玉県の公立小中学校の学校給食実施率はほぼ100%、学校給食共同調理場は87施設。その内、二つの施設が所沢市にある。所沢市のホームページによると、所沢市の学校給食の歴史は昭和14年(1939)に遡る。当初は、児童の持ち寄った食材で、調理は住民の奉仕と女子生徒が当番で行ったという。所沢市立学校給食センター(後の所沢市立第1学校給食センター)が設置されたのは昭和39年(1964)。所沢市立第2学校給食センターが誕生したのは昭和47年(1972)。所沢市立第3学校給食センターは昭和50年(1975)。第1は、設置から35年後、老朽化により移転、翌昭和55年(1980)より再出発し、現在に至る。第2は、給食を作り始めて37年後となる平成21年(2009)3月、老朽化を理由に廃場。第2が担当していた学校給食は、第1と第3が分担したり、自校式となったりしたようだ。

「平年より15日間早く、統計開始以来4番目に早い梅雨明け」と報じられた平成25年(2013)7月、私は1人、所沢市立第1学校給食センターへ見学に訪れた。その日の所沢市の最高気温は34.8度。西武鉄道池袋線「小手指」駅から西武バスで約8分の「狭山湖口」バス停すぐ近く。このバス停から南へ歩くと、昭和9年(1934)完成の人造湖、狭山湖に、さらに行けば西武球場に辿り着く。住宅街の中にあり、周囲には小さな商店が数軒、コンビニは見つけられなかった。二階建ての白い建物は、太陽からの強い赤外線のせいか、ブルーを背景にして、巨大な豆腐のように見えた。一階広間が調理場であり、吹き抜けとなっていて、調理の光景全体を二階からガラス越しに眺望出来た。50人を超える白衣を着た作業員が所狭しと動き回り、調理が佳境に入るにつれ、立ち上る蒸気は二階からの視界を曇らせた。ここは所沢市の三つの給食センターの建物の中で一番新しいとは言え、33年前から稼働を続けて来た施設である。空調設備は夏日に窓を閉めきっておれるほど充分ではなく、換気扇も多くはない。だからこそ、二階からの壮観な眺めがあるわけだが、窓は熱気を逃すために網戸にするほかなく、それだけに衛生管理への配慮は並外れたものがあるようだ。高温多湿な室内、大量の食材に見合った大きな鍋、大きなお玉、この日、大量のアメリカンドッグが次々と掬い出された大きなフライヤー、それらを操る作業員の肉体的負担は計り知れない。下処理室をスタート地点として、食材が調理され、料理になって出荷されるまでの各々の過程における“通り道”の取り決めの厳しさ、菌の繁殖しやすい肉類を扱う調理員の、白衣の色(桃色)による差別化など、見事にシステム化された現場に見とれている間に、学校別、学年別に振り分けられた料理は、ベルトコンベアに載せられ、私の視界から消えていった。

西武新宿線「航空公園」駅から北東方向へ30分ほど歩いた所に、廃場となった白い二階建ての所沢市立第2学校給食センターがある。この建物は現第1のそれよりも8年古い。その8年の差を階段や窓の構造やデザインに散見することが出来るが、第1同様に、吹き抜けとなった一階調理場を二階から一望可能で、二階から見る調理場の広さやグリーンの床の色、スポーンと抜けた天井の高さと大きさ、釜や食缶保管庫、巨大な換気扇などが配置された景色、印象は似通っている。しかしそこには当然、50人を超える作業員の熱気はなく、どこからも湯気が立ち上ったりはしない。人の居ない給食センターでは、ひたすらに外光の美しさが際立つ。

二階からの眺望で死角となる、足下にあたる部分にも、複数の作業室や保管部屋が存在する。第1にも同様にあるはずだが、見学は調理現場の外である二階からのみであり、確認は出来なかった。第2のそれらを私が見ることが出来たのは、役目を終えたこの施設全体を使用した美術展に私が参画していたからである。そうした部屋の一つ、下処理室は比較的すゞやかな空間で、その隣には、分厚い扉を隔て、さらにひんやりとした印象を醸す冷蔵庫がある。その部屋には当然のごとく、もはや電気は通っておらず、平成25年(2013)7月現在、どこからか持ち込まれた発泡スチロール板が、隙間という隙間を埋めるように詰まっていた。冷蔵庫の分厚い扉、分厚い壁は断熱効果と共に遮音効果も有しているため、閉じ込められるなどの万が一を危惧して、室内からも扉は開く仕組みになっている。冷蔵庫内部には冷凍庫に入る為の、やはり分厚い扉があるはずだが、天井まで高く、ぎっちりと積み上げられた発泡スチロール板に阻まれ、確認出来ない。廃場から4年、これらの部屋に灯りがともることはなく、陽も射さず、室内はずっと暗いままである。

2011

《私はいつもあなたの計画から外れています》 水谷一, 2011年

私はいつもあなたの計画から外れています

2011

鉛筆、紙
540×272cm
展覧会:所沢ビエンナーレ「引込線」2011
撮影者:加藤健

《実際の温度》 水谷一, 2011年

実際の温度
Actual Temperature

2011

構成要素:青森県上北郡六ヶ所村某所において録音採取された環境音
録音日時:2011年8月11日(木)午前10時-午後5時(7時間)
再生装置:スピーカー、アンプ、ICレコーダー
展覧会:所沢ビエンナーレ「引込線」2011
撮影者:加藤健

2009

《夢は覚めるように出来ている》 水谷一, 2009年

夢は覚めるように出来ている
It is made so that a dream is awake

2009

木炭・紙
設置範囲:500×500cm
展覧会:第一回 所沢ビエンナーレ美術展 引込線
撮影者:山本糾

2008

手前《現像》、奥《いま/ここに》 水谷一, 2008年

現像(手前)

2008

鉛筆・紙(272×272cm)
展覧会:所沢ビエンナーレ・プレ美術展 ―引込線―
撮影者:山本糾

《いま/ここに》 水谷一, 2008年

いま/ここに

2008

石膏製の球体(φ15cm)一個
展覧会:所沢ビエンナーレ・プレ美術展 ―引込線―
撮影者名:山本糾