概要
〈引込線/放射線〉は、第19北斗ビル、旧市立所沢幼稚園、書籍、サテライト、ウェブサイトという5つの〈場〉を舞台に、アーティストや執筆者、ボランティアなどの協力者、そして鑑賞者が集い、交流することによって形づくられていくプロジェクトです。集いは〈場〉ごとに大きさや形を変え、また役割を入れ替えながら、2020年5月末までの約9ヶ月間を過ごします。
「引込線」は2008年のプレ展覧会・書籍刊行にはじまり、2009年開催の第1回から隔年で継続的に催され、今年が7回目の開催となります。当初から掲げられた「自主的な協働」、「統一テーマを持たないこと」、「緩やかな集い」という基本姿勢を受けつぎつつこれを問い直し、今回は名称を〈引込線/放射線〉に変え、さらなる深化と拡張を目指します。
東日本大震災から8年が過ぎた今も、「放射線」という語は否応なく、福島第一原子力発電所事故による放射性物質汚染という社会問題を喚起させます。しかし、この「放射線」という語は「引込線」に加えられることで、造形行為が孕む「引き込む/放射する」「引き込まれる/放射される」という対比的な運動についての、私たちの関心を明らかにするものともなります。新たに「放射線」を伴うことで、「引込線」はさらに徹底して「社会/造形」という二つの課題を同時に考え、実践する〈引込線/放射線〉へと展開してゆきます。
(〈引込線/放射線〉ウェブサイト掲載の概要文)
ステイトメント
ひとつではなく、複数のステイトメントを掲げ、散らす
異なる立場の参加者たちが集う〈引込線/放射線〉では、「主体的、自律的な複数の集まり」という方針や多世界解釈の知見を踏まえ、半匿名の書き手たちが複数のステイトメントを共同執筆する異色の取り組みに挑んだ。プロジェクト名は《ひとつではなく、複数のステイトメントを掲げ、散らす》。北斗ビルの展示の際には3種のステイトメントとその注釈である「4センテンス」が会場やネット上で発表・散布され、幼稚園会場ではその数を5種までふやすことになった。
引込線はひとつではありません
放射線は複数ではありません
引込線は放射線ではありません
放射線は複数ではありません
「引込線/放射線」は複数の振る舞いの重ね合わせです
引込線はたまたま幾つかあります
放射線はつねにひとつではありません
*1 引込線
地上に張りめぐらされた鉄道や電線は、様々なコミュニケーションを支えるインフラ・ストラクチャーである。引込線とは一般に、鉄道本線や電線路から分岐し、特定の場所へ引き入れられた線路や電線を意味する。アート・プロジェクトである引込線は、諸々の「本線」、つまり大文字の美術史という「線」や公共的なコミュニケーションの「線」から外れた、ある種ポケットのような時空間を準備するものだ(ただしそれは、まったく無関係に走る別の線からではなく、あくまで「本線」が分岐した線から辿り着くことのできる時空間である)。引き込まれたその先は、必ずしも有線とは限らない。
*2 放射線
原子力発電にも利用される放射性元素は、一定の確率で放射線を放出して崩壊していく。放射線は高エネルギーをもつ素粒子であり、衝突によって生物のDNAを破壊したり、半導体デバイスのビット情報を反転させ、ソフトエラーを引き起こすことがある。宇宙から飛来する宇宙放射線は、霧箱によって連続した一本の「線」として可視化されるが、それは確率の波が粒子へ収束した結果であり、真空中での放射線は確率の波として遍在している。
*3 振る舞い
前衛の起源である未来派は、歴史の線(連続性)を断ち切る代わりに、芸術と生の運動を直接結びつけようとした。言語の統辞法や線条性を破壊し、無限の分子的生命を詩に導入しようとしたマリネッティの紙面上での試みは、やがて劇場や街中での観客に対する扇動的な振る舞い(パフォーマンス)へと発展し、それは同時に、物質への接近(ノイズや触覚性)を促すことになる。後のパフォーマンス・アートの先駆となったミニマムな振る舞いの数々、その即興的で断片的なあり方は、逆説的にも「総合演劇」の実践としての帰結だった。「私」という人称で記述されるような主体的個人など存在せず、あるのは非人称的な分子の振動(群衆の無意識的な欲望)だけだとすれば、それらを「無線の想像力」でいかに交錯させるかという課題だけが残る。
*4 重ね合わせ│superposition
物質を構成する最小単位である量子は、複数の可能性が重ね合わされた状態で存在している。つまり、ひとつの量子は、その量子が検出され得るすべての場所に存在している。例えば、目の前のウラン鉱石から飛び出したと同時に飛び出さない放射線は、皮膚を透過すると同時に反射し、体外と体内に同時に位置している。
*5 ひとつ
「ひとつ」とはひとつの概念である。それが概念一般を成立させるための前提となるものでありながら、同時に、数ある概念のうちのひとつとして埋没してしまうことに、諸々の混乱の種がある。「一者」という語を念頭におけばすぐにわかるように、「ひとつ」が数の基本単位以上のもの、概念以上の概念だと考えられるのは、諸項として関係づけられる前に、まだ実体ではない端的な何かがある、ということを朧げながらも示唆しているからである。他方で、「ひとつ」が概念であるということは、それ自体で存在する不可分なものを指し示すというより、あくまで手続きとして要請されたことを示唆する。この手続きは、関係づけられる実体が存在する前に、すでに存在している関係に向けられている(例えばフレーゲは「同数」という概念が「数」概念に先立ち、それを定義すると考えた。「同数」つまり「一対一対応」という関係のほうが「ひとつ」を規定するのだ)。
*6 複数
複数あることは政治の基礎である。量としての複数は、数の同質性を前提としたうえで、並べること、比べること、選ぶこと、構成すること、競わせること、共同すること、分担すること、紛れ込むこと、蓄えること、使い分け使い捨てることなどを実際に可能にしている。しかし「複数ある」状態が量としてでなく質的な特異性をもつのは、ある状態が相反する別の状態と重ね合わさったときである。例えば「引き込みつつ放射する」という相反した状態を想定した場合、空間的に捉えるなら、全体が否応なく部分に分割されるか、階層化される。あるいは時間的に捉えるなら、「引き込む、その後に、放射する」と序列化される。もしそうした手だてがなければ、相反状態は「円い四角形」という矛盾の例と同様に、どう想像してよいのかすらわからない不可能なものになる。この不可能なものを逸らすことなく顕現させること、「複数性」というひとつの単語に収斂せずに、異質的に複数であることを示すのが、芸術の政治主義の方針である。
*7 幾つか
幾つかあることは「ひとつ」や「複数」のようには即座には概念化しがたい任意性の徴を帯びている。その量としての側面は「複数」とは異なり、決して具体から離れることはない。これをあえて概念化するなら、ひとつではないが多くでもないもの、すなわち「不特定な少数」ということになるだろう。量にとどまって考えると、「幾つか」と対照されるのは「沢山」である(英語の「some」と「many」の差異)。例えば通常、沢山の人たちの個々の顔は見えないが、幾人かならば顔が見える。にもかかわらず「不特定な」という条件がつくからには、沢山の人々と対峙するのと同様に、なぜか顔が見えない(3人でも4人でも5人でもある顔など認知できない)。こうした特徴が、相対的に少なくあるが数値は特定されない未分化の量「幾つか」に固有の規模を形成する。
〈引込線/放射線〉2019実行委員会
展覧会概要
第19北斗ビル(第1期会場)
第19北斗ビルは、もともと複数の企業や店舗が入っていた商業ビルです。何度も改装を重ねさまざまな用途に使用された結果、一目では全体像を把握できない複雑な構造を持つに至りました。こうした構造は、〈引込線/放射線〉の目指す複数の振る舞いの重ね合わせとしての展覧会を可能にします。またこの構造はこれまでの「引込線」同様に、既存の美術制度から距離を取るオルタナティヴな実践という姿勢をより深化させながらも、この社会のさまざまな下部構造、そして周辺の地理的、政治的な文脈に呼応しつつ、その射程をより拡張していきます。
(〈引込線/放射線〉ウェブサイト掲載概要)
会期:2019年9月8日–10月14日(火・水・木・休み)
開場時間:金・土 12:00–20:00、日・月 12:00–18:00
入場料:無料
会場:第19北斗ビル
所在地:埼玉県所沢市大字久米603-8
参加者:大久保あり、大塚聡、岡本大河、荻野僚介、奥誠之、小林耕二郎、阪中隆文、人生ゲーム・祭・オフィスざんまい(青木真莉子、東野哲史)、関真奈美、高嶋晋一+中川周、寺内曜子、東間嶺、戸田祥子、冨井大裕、二藤建人、野本直輝、橋場佑太郎、橋本聡、藤井匡、ボランティアチーム、眞島竜男、松井勝正、宮川知宙、村田峰紀、森大志郎、森田浩彰、hanage(青木真莉子+秋山幸+戸田祥子)、Permanent Collection(鹿野震一郎、辰野登恵子、孫田絵菜|テクスト:中尾拓哉)(計33名)
来場者数:約810人
ハンドアウト
旧市立所沢幼稚園(第2期会場)
日本各地で多くの学校や教育施設が統廃合されるなか、所沢市でも市税の投入先の是正や幼児教育の民営化の要請をうけて、所沢市立所沢幼稚園は2011年に廃園となりました。一連の社会状況の変化を示すこの廃舎を会場として使うにあたり、あえて私たちは安全確保の目的を踏み越える電力供給、上下水道の整備を行いません。集い、かたち作り、解散するまでをひとつのプロジェクトとした〈引込線/放射線〉におけるこの廃舎でのすべての催しは、このような社会的・物理的条件をそのまま引き受け、そこへ居合わせる者たちとともに、一時的な環境を発生させます。複数のイベントが同時多発的に、あるいは時差を伴って重なり合い、ばらばらなまま結びつき、多方向に分岐/増殖することで、ひとつの希有な〈場〉が立ち上がるのです。
(〈引込線/放射線〉ウェブサイト掲載概要)
会期:2019年10月12日–11月4日(火・水・木・休み)
開場時間:10:00–16:30
入場料:無料
会場:旧市立所沢幼稚園
所在地:埼玉県所沢市岩岡町653-2
参加者:うしお、うらあやか、大久保あり、大塚聡、奥誠之、川村元紀、小林耕二郎、小林晴夫、小山友也、酒井直之、関真奈美、高嶋晋一+中川周、寺内曜子、東間嶺、戸田祥子、中島水緒、長沼宏昌、二藤建人、野本直輝、橋場佑太郎、橋本聡、藤井匡、東野哲史、ボランティアチーム、眞島竜男、松井勝正、宮川知宙、森田浩彰、hanage(青木真莉子+秋山幸+戸田祥子)計31名
来場者数:約350人
ハンドアウト
サテライト
〈引込線/放射線〉は、場所と会期の限定された会場から脱し、複数の「場=サテライト」において、2019年9月から2020年3月まで、さまざまな実験的試みを断続的に実施します。ここでの「サテライト=衛星」の概念は、展示という方法にかぎられません。それが〈場〉と〈時〉において引き込むこと/放射することの試みでもあるならば、物理的スケールも現実と表象の区分さえも超えることができるかもしれません。宇宙を周回する人工衛星の運動性を仮想的に孕んだサテライトのフロンティアは、たとえば一時的なパフォーマンス、一人の頭の中で行われる思考実験、インターネット上のコミュニケーション、顕微鏡や望遠鏡でみる出来事、そしてそれらの記録にいたるまで、重なり合いゆく協働をとおして、既知の空間的・時間的位相を超えて、拡がりつづけます。(〈引込線/放射線〉ウェブサイト掲載概要)
会期:2019年9月8日–2020春頃
全27企画
サテライトフライヤーデザイン:小山友也
書籍
政治の展覧会
主体的創造としての芸術作品という近代の神話が崩壊した状況下で、美術批評の役割はいわゆる「作品」として枠付けられたものだけを論じることではありません。あらゆる領域の中から注目すべき事象に新たな輪郭を与え、美学的な考察の対象とする実践こそがいま求められています。たとえば「未来派の帰結としての世界大戦」、「暴力の交換システムとしての貨幣」、「ドナルド・トランプの壁」、「ウラジスラフ・スルコフが演劇化した現代ロシア政治」など、大文字の政治的な出来事とその下部構造を美術批評の観点から分析すること。同時に、巨視的なまなざしと微視的なまなざしとを往還しながら芸術及び社会の在り方を反省的に捉え直すこと。本書籍はそうした作業を通して批評の可能性を検証していく場となります。
(〈引込線/放射線〉ウェブサイト掲載概要)
『政治の展覧会』01
『政治の展覧会:世界大戦と前衛芸術』
Exhibitions of Politics 01 ”Exhibition of Politics: World Wars and the Avant-Garde Art,”
仕様:160ページ、A4判、カラー
執筆:池野絢子、勝俣 涼、沢山 遼、関 貴尚、高嶋晋一、中尾拓哉、中島水緒、橋本 聡、松井勝正、エル・リシツキー(訳:関 貴尚)、F.C.マリネッティー(訳:池野絢子)
デザイン:橋本聡
編集長:松井勝正
副編集長:中島水緒
企画・制作:引込線/放射線パブリケーションズ
主催:引込線2019実行委員会
発行:EOS ART BOOKS
発行日:2020年8月15日
印刷・製本:株式会社プリントパック
発行日:2020年8月15日
価格:1500円+税
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引込線/放射線パブリケーションズ
ディレクター:橋本聡
副ディレクター:粟田大輔、高嶋晋一、中島水緒、松井勝正、勝俣涼、関貴尚、中川周、橋場佑太郎
Webサイト
引込線/放射線は2020年3月末まで続くプロジェクト。この約7ヶ月続くプロジェクトの期間を俯瞰できる場がwebサイト〈hikikomisen-hoshasen.com〉です。「いつ、どこで、何が行われているのか?」プロジェクトの進行と同期し、SNSと連動しながら常に新しい情報を発信するこのサイトは、引込線/放射線における情報のプラットフォームです。また、終了した展覧会やイベントのアーカイブをコンテンツとして用意し、展示作品の資料やイべントの情報などを掲載します。これから予定されていること、今現在起きていること、過去に起きたこと、これらの時間を俯瞰できるこのサイトは、始まりと終わりで全く違った様相になっている事でしょう。(〈引込線/放射線〉フライヤーに掲載したものを転載)
抗議声明文(サイト内に掲載)
あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」の展示中止に対する抗議声明
文化庁による「あいちトリエンナーレ2019」への補助金取り消しに対する抗議声明
〈引込線/放射線〉Absorption/Radiation 記録集
[執筆]
Preface:うらあやか、大久保あり、東間嶺、中島水緒、眞島竜男、松井勝正
第19北斗ビル:関真奈美
旧市立所沢幼稚園:東間嶺、野本直輝、松村珠希、各企画者
Stellite│サテライト:粟田大輔、奥誠之、眞島竜男、サテライト各企画者、他
Volunteer│ボランティア:ボランティア参加者、野本直輝
デザイン:渡部健
デザインアシスタント+「Volunteer」誌面デザイン:小山友也
撮影:阪中隆文、東間嶺、他
イラストレーション(Stellite│サテライト):眞島竜男
[編集]
Preface:大久保あり、戸田祥子
第19北斗ビル:中島水緒
旧市立所沢幼稚園:うらあやか
Stellite│サテライト:粟田大輔、岡本大河、奥誠之
Volunteer│ボランティア:野本直輝
Directory:大久保あり
発行日:2020年6月21日
印刷:渡部印刷株式会社、株式会社グラフィック、株式会社プリントパック
〈引込線/放射線〉参加者(引込線2019実行委員)
スタッフ
ボランティア・スタッフ
- 大塚美保子
- 引田沙絵
- 龍野知世
- 中嶋夏希
- 村松珠季
- 向井ひかり
- 瀧内彩里
- 佐藤晃子
- 八木温生
- 小山諄貴
- 堤 明子
- 上久保徳子
- 杉本花
- 栗田大地
- 山中純江
- 石崎朝子
- 吉田岳史
- 矢萩理久
- 坂本悠
- 鈴木愛深
- (計20名)
賛同・協力
謝辞(敬称略)
- 伊藤誠
- 大石一義
- 大柄聡子
- 須釜陽一
- 辰野 剛
- 橋本大
- 林卓行
- 平出利恵子
- 平出加菜子
- 松葉一清
- 峯村敏明
- (計11名)
個人協賛者(敬称略)
- 中澤大輔
- sui so sui
- 上田真一
- 末永史尚
- 遠藤秀次
- 中野浩二
- 吉川陽一郎
- 開康寛
- 辻松裕美
- 青山秀樹
- 中山正樹
- (株)アークギアノ
- 荒川津由子
- 福井敬貴
- 森恵明
- 西川美穂子
- 南壽イサム
- 黒田俊彦
- 原野聡
- 堀江和真
- 間瀬道夫
- 白土郁郎
- 権藤武彦
- カナイサワコ
- 三代宏大
- 工藤千愛子
- 宮崎楽市
- masashi.nu
- 小坂友透
- 小野冬黄
- 神村恵
- 白木栄世
- 松田修
- 加藤健
- 吉田和貴
- 宮崎勇次郎
- 山本糾
- 鈴木興
- 金森千紘
- 神藤修
- 塩谷朋之
- 川山初美
- 突撃レーザー
- 佐藤京子
- 原+大久保
- 平岡希望
- 林修平
- (希望者のみ記載)
主催・助成等
主催:引込線2019実行委員会
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、公益財団法人 花王芸術・科学財団、武蔵野美術大学、公益財団法人 野村財団、公益財団法人 朝日新聞文化財団
協賛:株式会社協同商事 コエドブルワリー
特別協力:北斗アセットマネジメント株式会社
後援:所沢市、所沢市教育委員会
各種デザイン
ロゴ:森大志郎
〈引込線/放射線〉フライヤー:森大志郎